コラム【人生がカードゲームなら】

配られたカードでしか
勝負できない

ってのは、
生い立ちと
初期環境の話なんだなと思う。

誰にでも、きついタイミングはある。
自分と人生と環境との関係性が
完全に破綻していて、

何をしても
上手くいっていないと感じるタイミング。

でも、誰でも生きていれば
大変な時はある。

過去に恋愛で、
こっぴどい振られ方をされて
人間不信になる人だって、
大勢いると思う。

ひきこもりは、マイノリティの話だ。

分からない人が多いし、
理解しようと歩み寄っても
雲をつかむような話だ。

そもそもが、
つかめない雲の話なんだから、
ぎゅっと掴める訳の無い話なのだ。

なのに、全部を知ろうとか
分かろうとするからチグハグするんだ。

僕が思っていたのは、
特別じゃないけど、違うんだ。
って事だったんだと思う。

【学年】というものがある。

一年単位で人を分類する考え方だ。
これは、管理の話。

早生まれだった僕は、
一年近く先輩と同級生だった。

不思議で仕方なかった。
早生まれの僕は、
もう少し後に生まれたら
学年がズレていたはず。

今の友達は先輩で、
今の後輩は同級生だ。

気付いたのが、
みんな、誰かの作った枠組みの中で
ああでもないこうでもないと
言っているということ。

日本と言う
素晴らしい枠に生まれ
厳しくない枠で育ち
不自由なく生きていた。

僕のカードは好条件で揃っていたはず。
他の人に劣ることもなかったはず。

それでも、
社会に出ることも
人と馴染むこともできなかった。

思い返せばあの時が一番
【自分と人生と環境との関係性】が
破綻していた時期だった。

僕の手札は悪くなった。
背は小さいけれど、
運動はそこそこできたし、
障害もなかった。

家庭も普通だったし、
友達だって居た。

ただ僕には人と話す度に、
よく分からない心の負債が生まれて
それを栄養と出来なかった。

【自分と人生と環境】の
整合性が取れないと、
風邪をひいた体のように
心はSOSを出すのじゃないだろうか。

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